短編小説

不定期連載

曜日。(ナミのバイト日記、5日目)



 
 おでこには冷えピタ。
 頭の下には氷嚢。


 咳き込むたびに息苦しくなる肺。

 ほてる体の向きをかえるのにも辛い。
 かけられた布団は体温を上げているようにしか思えなかった。

 ナミは激しく咳き込んだ後、目じりには涙が溜まり潤んで視界も悪かった。

「失敗したわ……。ここ最近風邪ひかないと思って油断してたから……。とんだ誤算だわ……ゲホッ、ゲホ」


 バイトも、――もちろん学校も休む事になったナミは久しぶりに味わう風邪という症状に飽き飽きしていた。
 
 身体は重たいし、頭はクラクラする。
 加えて、高熱にセキがとまらない。

 ぜェ、ぜェと荒い息を吐き出して、昨日ロロノアと言い争った事が頭をよぎる。




             ◇◆◇             



「帰れ!」

「あんたが……か、帰んなさいよ!」

「帰れ!」

「しつこいのよ……」

「帰れ!」

「あんたこそ帰れって言ってんのよ!」

 
 どちらも一歩も引かない。

 辛うじてロロノアに店番を頼んで帰る――という甘言を、ナミはすがらないよう気を張るばかりで、キッパリと拒否を伝えるも勢いに負けてしまっているのかもしれない。
 
 

 ――でも、これは私が頼まれた事だから。


 放り出すことなんて出来ない。

 いや、当たり前だができなかった。


 シャンクスが今日はたまたま早く帰ってきてくれる、とか。
 
 いつもは店に寄らないルフィが店にたまたま寄ってくれる、とか。


 都合の良い考えがパっと浮かんではすぐに、冷静な自分が「ありえない」と跳ね除ける。


 じゃあ、どうやってこの目の前の男を撤退させれるか。

 ナミは歪む世界の中で考えた。

「…………」

「…………黙ってねェでなんとか言えよ」

「…………」

「……おィ、聞いてんのかよ」

 ぶっちゃけ立っているのも辛い。

 だから、ナミは目の前の男に頼んだ。

「………………ええ。辛いし、今すぐにでも帰りたいわよ。でも……あなたを信用する事もできないでしょ? だからこそ、手を貸してほしいの」

「? 手を貸す?」

「そう。近くの薬局で薬を買ってきてくれないかしら?」

「…………っチ。頑固だなおまえ」

 ひと睨みし、踵を返してゾロは出かけた。

 その後ろ姿を見送ったナミはフンと鼻を鳴らして、

「あんたもね」

 気をはる相手が居なくなった為か、ナミは崩れるように椅子に座り込んだ。

 その後荒い呼吸を繰り返す内に気分が悪くなり、視界が真っ黒になった。




             ◇◆◇             





 汗ばんだ体を動かして布団を蹴飛ばす。

 めくれた箇所が寒くて、再び湿った布団にもぐりこんだ。

「ううっ、寒い……」

 ナミは布団の中でモゾモゾを動いた。

 やっぱり布団はいい。

「!!?」

 そこでガバっと布団を押しのけて上体を起こした。

「どうして家に居るのよ!?」

 慌てて身近にあった上着をひっかけて居間へと駆ける。

 そこにはのんびりとワイドショーを見ながらお茶をすすっている姉――ノジコがいた。

「ノジコ! どうして私家にいるの?!」

 頭はボサボサ、顔は真っ青というナミの出で立ちを見たノジコは呆れた声をあげた。

「ナミ……落ち着きな。自分の家だから、あんたがここにいるに決まってるだろ?」

「そうじゃなくて! 昨日バイトしてたのよ。それから記憶がとんでるの!」

「ああ……そうなの。てっきり熱で頭がどうかしたのかと思った。昨日あんたが倒れて、男の子が送ってくれたんだよ」

「えっ、男の子?! ど、どんな子よ」

「どんなって、あんたと同じ高校生だったけど。それにしても熱で倒れたからって、バイト先まで迎えに行って家まで送ってくれるなんていい彼氏だねー。ちゃんと礼しときなよ」

「ちっ、ちっ、違うわよ!!」

 あまりにも激しく否定した為、ナミの熱は再び上がった。

 思わずクラっとめまいがして咄嗟にソファーに掴まる。


 それを目に留めたノジコは、「もう寝な」とナミを追い立てて居間から追い出してしまった。


 結局誰が送ってくれたのか聞けず仕舞いだった。

「…………誰かしらね」


 

 そして話は冒頭へと戻る。




 
 おわり

不定期連載

曜日。(ナミのバイト日記、4日目)



 
「ゴホ……ゴホッ!! ……っ」

 先程咳止めを飲んだっていうのに、ちっとも効きやしない! んもう。


 ナミは心中で悪態をついた。


 お昼を告げるチャイムがなった時ナミは背中に悪寒がはしった。「マズイわね」と思ってはいたのだが、下校時間になる頃には額が熱く、フラフラする感覚の中バイトへとおぼつかない足を前と押し出した。


 調子が悪ければバイトを休ませてもらえばよかったのだが、そんな時に限ってシャンクスの携帯には繋がらなかった。ためしにマキノさんへ電話をかけたけれども通じず。

 仕方がない、といつの間にか額に浮かんでいた汗をぬぐって、以前教えてもらっていた店の鍵を隠し場所から取り出して開けた。


 普段からお客も少ないような店でよかった、とこの時ばかりは思った。

 カウンターに体がもたれかかるようにして楽な体勢を取る。


 ぜェ、ぜェ……と荒い息を吐き、「ルフィに言えばよかった……」と声がかれて言葉にならない思いをもらす。

 ゾクゾクする背中と荒くなる息づかいに辟易しながらも、ナミは風邪をひいた原因を思い起こしていた。


 ――絶対この風邪は昨日のあの客のせいよ。


 ロロノア・ゾロ。二度と君づけでなんて呼ばないから。
 昨日あいつは私に風邪をうつす為だけに店にきたようなもんだし、当然よ。


 あいつはきっと今頃学校休んで自宅で療養中でしょうね!!

 アホらしくてやってらんないわ。

 体調の悪さと、憤りがないまぜになる。






              ◇◆◇             




  
「昨日は……――」

 すまなかった、と小声で男子学生はドアを開けながら呟いた。

 が、学生――ゾロはカウンターにうつぶせで荒い息を吐いている店員を見つけると、ダッと駆け出した。

「おい、大丈夫か!?」

 カウンターでは、いつも笑顔の店員が熱に浮かされていた。

 息も荒い。昨日までは元気そのものだったのに。

(俺がうつ……した、のか?)

 昨日まで調子の悪かったゾロは、朝目が覚めると随分体の調子がよくなった事に気付いた。

 母親に「誰かにうつしてきたんじゃないの?」と冗談まじりに言われたのだが、本当にうつしていたとは。

 ゾロは居た堪れなくなった。

 昨日ここに寄らなければよかったと今頃悔やむ。

 も、まずはこの店員をどうにかしなければ。

「おい、しっかりしろ!」

「ぅうっ。…………煩いわね。…………ロロノア!」

「よし、意識はあるな。……すごい熱だな、っち」

 額に手をあててゾロは舌打ちをした。

 一方ナミは、突然の来客に暫く意識がとんでいた事を悟った。

 もうろうとする意識の中、耳の近くでがなっている男をどうにかしなければという思いが大きくなって、ナミは小声ながらも眉根を寄せて言葉を吐き出した。

「……もう少し小声で喋ってくれない? 頭がガンガンするのよ……」

「わりぃ」

「あんた風邪でしょ? どうして今日も来るのよ」

「治った。……おれより、おまえだ。無茶しやがって! ……お前家どこだ?」

「――…………はあ?」


 問われた意味を脳内で反芻して、言えた言葉がこれだった。

「『はあ?』じゃねェ、送ってってやるから今すぐ帰れ!」

「なに言ってんのよ! バイトほったらかして帰れる訳ないでしょうが。あんたバカじゃないの!?」

「おまっ、――なんだと! おれは心配してやってんじゃねェか」

「……余計な……ゴホッ、ゲホッ。……お世話よ」

「ほらみろ。意地はんじゃねェよ」

「……意地じゃない。…………連絡先がわかんないのよ」

 潤んだ瞳でポツリとこぼす。

 事情をかいつまんでゾロへポツリポツリと話した。

 さっきまで言葉の売り買いをしていただけに、突然弱々しい態度にゾロは戸惑う。

 店を閉められない事と、ナミが頑として店から離れられない事を理解する。

 けれども、風邪をひく原因が自分にあるかと思うと、ゾロは何かしなくては気がすまなかった。


 考えあぐねた結果――


「じゃあ、その店長が帰ってくるまで俺が店番しといてやるよ!」

 名案だと言わんばかりの満足げな顔でゾロは言い放った。

「駄目よ!! そんなことさせられないわ。私も店に残るわ!」

 思わぬ提案に呆気に取られつつも、ナミは倒れる寸前までゾロと押し問答を繰り返す事になった。




 おわり

不定期連載

曜日。(ナミのバイト日記、3日目)


 
 ルフィの代わりに入ったバイトの手伝いも今日で3日目。

 ナミはさして問題ごとにぶつかる事なく仕事に就いていた。

 初めてバイトに来た日にはほこりをかぶっていた棚も、毎日はたきをかければ埃もたまっていない。
 それでも仕事だからと、毎日かかさず隅々まで掃除にいそしんでいた。

 
 ……――否、お客が来ないとはっきり言ってしまってもいいだろう。


「楽だけど、暇ねー」


 手持ち無沙汰。

 連日シャンクスは倶楽部マキノへ足しげく通っているので、結果的に毎日店番はナミ独りだった。


 そして、毎日来るお客といえば。


 チラリと時計を見る。

「そろそろ例の学生が来る時間だわ」


 むっつりへの字口の男――ロロノア・ゾロ。



 2日連続寂れた店を訪れたロロノア君は、今日も来るのだろうか。

 何となく来る予感がしていたので、ナミは足早にカウンターへと向かった。  
「通路で対面したりなんかしたら次に何借りるか後着けちゃうかも」

 くつくつと笑んだ。





              ◇◆◇        





 やがて、夕日が沈み辺りが薄暗くなってきてもロロノアは姿を見せなかった。

 滅多に客が来ないものだから固定客かと思っていたのだけれど。

「2日連続来たからって、3日目も来るとは限らないか」    

 勝手に期待していたのだが、なんだか肩透かしをくらった感じだ。


 だからといってジッとしているのも性に合わない。

 ナミは仕事を見つけようと腰を上げると、入り口に人影が見えた。

「いらっしゃい――」

 ませ。と言葉を続けようとするも、相手の姿に呆気に取られる。


 そこに現れたのは2日続けて来ていたお客だった。

 ロロノア・ゾロその人だった。

 けれども。

 顔は真っ赤、目はうつろ。マスクをつけているのだが、歯までガチガチとなっている。よく見れば小刻みに震えていた。

 風邪だろうか、とにかく調子が悪そうなのがはた目にも見てとれた。

「だ、大丈夫!?」

 驚きのあまりナミは駆け寄る。口調が素に戻っているのを忘れるほどだ。
 
「あ……。あァ? あァ。なんともねェ」

「何ともなくないわよ! ロロノア君、調子悪そうなのに……」

「悪くないわけないが……ハ、ハ、ハクション!!!!!」


 顔面に風邪の菌をばら撒かれたナミは、フルフルとこみ上げる怒りをどうにか抑えドアを指差し言い放った。



「速く帰りなさい!」


「……………………あァ」


 店員に怒鳴られたゾロは風邪のせいか、または熱にあてられたのか。
 よくわかっていないまま、店を後にした。

不定期連載


 曜日。(ナミのバイト日記、2日目)


 ナミは昨日に引き続き、ルフィの代わりにレンタルビデオ店へバイトに来ていた。

 夕日が沈んで暫くたった頃。


 印象に残っているお客が入ってきた。 
 
 こわおもての顔つきだが、小鹿物語を借りていった男。

 

「あ、昨日の“小鹿”兄ちゃん」


 とは言わず。

 いらっしゃいませ、と業務用の笑顔で入ってきた高校生へ声をかけた。

 今日は何を借りるのかしら、と思ってて視線を向けていたら。

 男子高校生は借りる物が決まっていたのか、一直線に目的のコーナーへ足を向けた。こちらからは見えなかったが、何か手に取るとカウンターに向かって歩いてきた。

 立ち止まると、手にしていたDVDを端へ置き、そしておもむろに鞄からゴソゴソとビデオを取り出してカウンターに置く。

 そこでナミは、「ああ」と理解して、

「返却と貸し出しですね。少々お待ち下さい」

 とまずは返却手続きを済ます。


 昨日借りて帰って延長料金がない事もわかっていたが、「追加料金はありません……それと貸し出しですがこちらは一週間可能です」とナミがDVDの貸し出し手続きを行おうとした時。

 
 目に飛び込んだタイトルに呆気に取られる。



  『トムとジェリーの全て』



「トムとジェリーの全てって何よ!! ひィィ、お腹痛い。アハ、あはははは」

 との言葉も胸の内にとどめる。


 男子生徒は料金を払うと、踵を返して帰って行った。


 
 視界からいなくなったのを確認すると、ナミは返却された時にコンピュータの画面で見た名前を思い出した。



「ロロノア・ゾロ……か。変な客」



 おわり 

不定期連載

 曜日。(ナミのバイト日記、1日目)


 
  部活の試合が好成績で、全国大会に出ることになった友人の為に臨時のバイトを引き受けた。
  
  バイト初日という事で店長から簡単な説明を受けたが、2時間後にはもうレジ前に立っていた。
 

 「あのー店長? 2時間でもう接客ですか」
 
 「大丈夫、大丈夫。ナミちゃん飲み込み早いし、要領いいし。それに、3時間後には俺も戻ってくるから!」

 「ええっ! 近くにいて指導してくれるんじゃないんですか?!」

 「ナミちゃん……いつまでも教えてもらおうという受身じゃ働けないんだぜ」

  店長と呼ばれた男性はふっと遠くを見つめて諭した。

 「それは何ヶ月も働いた方に言って下さい。初日なんですけど、私」

  ナミはジト目で店長と名札をつけたシャンクスを見つめた。

  視線が居た堪れなくなったのか、または時間が惜しかったのか、

 「クラブマキノのママさんが待ってるんだ! ごめん、じゃ」

 「『じゃ』じゃないんですけど! “あれ”持ってこられたらどうしたらいいんですか?!」

 「笑わず対応!」

  店長のニヤニヤした笑いに腹が立つ。

  言い返してやろうと思って慌てて店先まで出たが既に姿はなかった。

 「なにが笑わず、よ。エロビデオ持ってこられたらどうしろっていうのよ。まったく、ルフィも変な店長がいるバイト押し付けてくれたわね」
  

  ナミがルフィからバイトを引き受けたのはレンタルビデオの店員だった。

 
  レンタルビデオ店といっても、近くに大手のレンタル屋があるので、ルフィのバイト先は閑古鳥がないているらしい。
  
  だから特に忙しくないので暫くの間代わりに店員を務めてほしいとの事だった。
    
  じゃあバイトなしでも大丈夫じゃないの、と一度は断りかけたが閑古鳥がないている店にしてはバイト代がよかったので引き受ける事になった。

  それにバイト先の店長は、ナミも幼い頃よく遊んでもらって見知っていたのも幸いした。

  
 出かけてしまったのは仕方ないとして、ナミは仕事を始めた。
 
 掃除をして、陳列されているケースを整えて、その他細々した仕事をさばいた。
 
 ピカピカになった店内を見回してナミはぼやいた。

 「暇ねー……」


 シャンクスが出て行って3時間程たった。

 そろそろ帰ってくる頃だろうがまだ帰って来ていない。

 あまり遅くなるようだったら、ルフィを呼びだして店を閉めるのを手伝ってもらおう。



 と、その折――――

 学ランを着た生徒が店に入ってきた。
 
 「いらっしゃいませ」と声をかけて営業スマイル。


 学生なら大手のビデオ店に行きそうなものだけど。

 と、なんとなく疑問に思ったのでさりげなく相手を観察してみた。

 
 制服がナミ通っている学校と違うので、きっと他校の生徒だろう。
 
 背は高い。入り口と同じくらいだから180cm ぐらいかしら。
 
 緑色の髪に3連のピアスが印象的だった。

 とくに印象的なのが、目つきの悪さだろう。
 加えて口元もむんずと真一文字。

 

 (っ!) 


 じっーと眺めていたら、相手が急に振り返ったので不自然にならない程度に視線を反らす。


 振り返ったままスタスタとこちらに向かってきたので一瞬どきっとしたが。 
 手には空のDVDケースを持っていて、そのまま無言でカウンターへ置いた。
 おもむろに財布からカードを取り出しす。

 ナミは貸し出しだと理解すると、

 「期間はどうされますか?」これまた営業スマイル。先程まで観察してたなんて微塵も出さず。

 「3日」

 まったく愛想のない声だ。

 しかし客に愛想を求めても仕方がないので手早く空ケースを受け取り背後に
ある棚から中身のDVDを貸し出し袋へつめた。

 お金を受け取るのと引き換えに袋を渡す。
 
 「有難うございました」

 ペコっと頭を下げて学生は出て行った。
 


 店から出て行ったのを見送ると、ナミは空ケースを元の場所に戻そうと先程は気にしてなかった題名に目をやる。



 “小鹿物語”


 
 「あら、意外」



 ……とりあえず、エロビデオじゃなくてよかったとナミは思った。


 
 おわり
 
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